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空はどこから

地味に日記を書いていきます

柴又のさくらさん

柴又は私の好きな東京である

昨年の盆踊りでは、いにしえの「東京市」の面影を求めて、帝釈天での盆踊りに「通った」w

京成線・柴又駅前には、柴又から「旅立つ寅さん」像がある。18年前から「ー人で」立っていた。そして昨日(25日)、寅さんファンの念願が叶って、「見送るさくら」像が誕生した!
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もちろん、ここは何度も訪れている。これは昨年9月の『柴又宵まつり』

f:id:faimil:20170325072017j:image寅さんの目の前にチンドン屋さんが現れた

寅さん像に群がる子供たち
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すっかり懐いてる(笑)f:id:faimil:20170325072002j:image

さて、除幕式当日。やっぱり田舎者気質の私達、東京の人混みを甘く見ていた。20分前に駅に着いたらこの状態 f:id:faimil:20170325181219j:imageなんも見えん(汗)

かろうじて、桜色のベールを掛けたさくら像の頭が見える

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そしてさくら=倍賞千恵子さん

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山田洋次監督が微かに見えた
f:id:faimil:20170325180641j:image(この写真、妻からもらった。ハートマークは妻が自分のSNS用に加工していた)

「見えないけど、音が聴けるだけでも」――かつてスタンディングのライブ会場で、隣に立っていた女性の言葉を思い出した

寅さんファンに混ざって、みんなで監督とさくらさんの挨拶を聞く……そう思うと、やっぱり満足感が湧く――集まった人々の『男はつらいよ』への想いの軽重は様々としても

さくら像のポーズをどうするか? そのイメージを決めるために山田監督はそのシーンのシナリオを書いた

倍賞さんは、その初々しい姿を「これは妹さくらね」と評してから、製作中に工房を訪ねて像にサインをした、というエピソードを明かした

f:id:faimil:20170325180939j:imageサンダルに『さくら』――「これは倍賞千恵子ではなく、諏訪さくらが書きました」

式典の後、囲み取材。観客が抜けていくなか、やっと前に進めた

「なんでい、さくらばっかりモテやがって」f:id:faimil:20170325180703j:image寅さんの僻んだセリフが聞こえそう(笑)

一旦抜けて昼食を取り、2時過ぎに出直した

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これを確認したかった。さくらの視線の先の寅さん
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寅さんの視線の先のさくら
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そこにどんな感慨を抱くのか……ファンの想いは千人千様

 

以下は2015年3月に書いたブログ――これが私にとっての『寅とさくら』です

🌸🌸🌸🌸🌸

泣いているんだ兄さんは ~ 寅とさくらの物語

男はつらいよ」の原案は「愚兄賢妹」――
山田洋次監督が語っていた。

これは私が好きなユーモア小説家、佐々木邦の代表作「賢兄愚弟」のリスペクトである。
つまり「男はつらいよ」は賢妹がいて成立する。愛する妹を悲しませるから、兄(男)はつらいのである。


どうせ俺らはヤクザな兄貴
分かっちゃいるんだ妹よ
意地は張っても心の中じゃ
泣いているんだ兄さんは……


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私には女きょうだいがいない。
つまり、若い娘さんと生活を共にしたことがない。
もちろん、心配してくれる娘さんもいなかった。

だから、さくらは理想像である。
こんな妹を困らせて
「お兄ちゃん!」と叱られてみたかった。

寅さんシリーズは、三作目と四作目のみ、山田監督がメガホンを取っていない。
そしてこの二作品では、さくらがほとんど登場しない。
威勢の良いオアニイサン、フーテンの寅は賑かに活躍するが、私には物足りなかった。

このシリーズの裏コンセプトは「妹はつらいよ」
これは寅さん映画であると同時に、さくらの映画なのである。

寅さんは誰かに手紙を書くとき、さくらのことをいつも「愚かなる妹」と書く。
ある時、寅さんは さくらの前でそれを読みあげる。文面には愚妹、愚妹と連呼されている。
さくらはそれを聞いても「いやあねえ」とひと言――怒りも笑いもしない。
度量が桁違いに大きいのだ。

何十作目の時だったろう
山田監督がインタビューに答えていた。多分、何作目まで作るのか、というような質問だったと思う
「……さくらもすっかりオバサンになっちゃって」
会話の脈絡もなく、監督が言った。しかもインタビュー中2回も。

理想の さくら を最も追い求めたのは、監督自身――さくらに会いたくて寅さんシリーズを作り続けた、そんな気さえする。

山田監督の初期の作品には「馬鹿が戦車でやって来る」とか「なつかしい風来坊」とか、云わば寅さん系のキャラが活躍する喜劇が多い。
しかし、そこには「マドンナ」はいても「さくら」がいない。
山田喜劇は 
さくら=心で泣いてくれる賢い妹 
 によって完成するのだ
――あくまで個人的な見解ですよ

今、BS-ジャパンで週一回、土曜は寅さん!と銘打って「男はつらいよシリーズ」を放送している
私の印象深かった名セリフは何話目だろうと観ていたら、第8話だった。

とらやの2階、寅さんが鞄に着替えを詰めている。
さくらが上がってきて、寅の脇に悄然と座る
「行っちゃうの?」
「さくら、あんちゃんみたいに、ふらりと旅に出たいと思ったことがあるか?」
「あるわよ……そしてこんな木枯らしが吹く夜に、ああ、今頃さくらはどうしているかな、寒い思いをしていないかな、って……心配させてあげたいわよ」

凛々しく清潔感に溢れ、情は深いが媚びるところがない。
聖女と言ってしまうとそれまでだけど……
文学的(?)に捻って考えてみる。

こんな立派な妹がいたら、愚かな兄はヤンチャして、ダダを捏ねるしか、やりようが無くなってしまう。
立派になるんだ――自慢の兄さんになるんだ――と夢を描いても、生来の怠け者、挫折を繰り返す。
愚兄には、妹を困らせることしか愛情を伝える手段がないのである。
心で泣いて詫びることしか出来ないのである。
つまり、さくらとは男の理想像でありながら――賢く清潔過ぎるがゆえに――
実は男を挫けさせる、希代の悪女なのかも知れない。

と、一応の結論が出たところで――
自分の身に置き換えて、つらつら思う……
愚妻で良かったw

 

🌸🌸🌸🌸🌸🌸

 

おまけ――

さくらの魅力は理知的なおでこ。真面目で清潔感溢れるキャラクター

話は飛ぶけれど……

花童を知った頃、まだメンバーの名前が分からなかったので勝手に綽名で呼んでいた

この娘(あかねちゃん)を見たとき思った
f:id:faimil:20170326102740j:imageあ、さくらちゃんがいる!(笑)