読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

空はどこから

地味に日記を書いていきます

キューポラ探して ~ 川口散策

映画『キューポラのある街』を初めて観たのはいつだったろう

リアルタイムではない、T Vで観た

更に「キューポラのある街」とは川口市のことであると記憶に刻まれたのは何故だったのか?

関東の地名・位置関係など、北海道育ちの私には全く無縁――

なのに、車で高速を走らせ「川口」という地名を見るたびに、決まって「あ、キューポラの街だ…」と思ってしまう

この映画、実はストーリーも覚えていない

ただ、貧しさに喘ぐヒロインたち市井の人々、

「地上の楽園」こと北朝鮮に帰還する親友との別れ――が漠然と記憶にある

 

私は北海道の田舎で育ち、贅沢こそしていないが、慎ましい両親の許、衣食住の不安のない少年時代を過ごした

私は貧困(物質的な貧しさ)を知らない……

学生時代1ヶ月間、肉を食わずに米と味噌の暮らしをしたり、布団を出さずに新聞紙にくるまって寝てみたりしたのは、そんな焦燥感の表れだったのかな、と思う

キューポラのある街』が私の記憶に刻まれたのは、この映画が貧困と挫折、そして心の再生をモノクロの映像に力強く刻んだ映画だったから、かも知れない

 

さて、ファイミル夫妻の「落下傘散歩」――何処かにトンと降り立って歩き出す――草加の次に選んだのは川口だった

キューポラって、漠然とエ場の煙突だと思っていた。煙突のことを何処かの外国語でそう呼ぶんだろうな――メリーポピンズの「チムニー」みたいに

でも違った、鋳物を焼くための高温の炉のことだった

↓これね。とあるマンションの中庭に飾られていた

f:id:faimil:20160902184423j:image

では、鋳物って……何だっけ?

博物館で見て、あっ、これか!と思った

石炭ストーブだよ。地下水を汲むポンプとかね

f:id:faimil:20160902184932j:image

 

この日、まず降りたったのは川口神社 

f:id:faimil:20160902185429j:image

 その脇に金山神社、鋳物師の神様だ

f:id:faimil:20160902191152j:image

鋳物の防火桶、良い存在感だなあ

 

川口駅へ向かう

f:id:faimil:20160902192352j:image

鋳物工場で働く人の像

そして

f:id:faimil:20160902193003j:image

やっぱりキューポラ飾ってあった

 

さて、観光マップを入手して、どこに行こうか?

例によってノープラン

何処って、やっぱりキューポラ見たい
あと、荒川の土手に行きたい――映画で純(吉永小百合さん)が走った場所だ

途中、金物屋で猫を売ってた?

f:id:faimil:20160902205340j:image

野良ちゃん発見

f:id:faimil:20160902205442j:image

近づいたら

f:id:faimil:20160902205552j:image

 なんだよ!とメンチ切られた

 

さて、マップでキューポラのある場所、に辿り着いたけど、どれのことだか分からない

妻がスマホを検索する

屋根から出てる大きな突起がキューポラだよ

屋根から出てたら煙突じゃないか

だって、ほら!とスマホの画像を突き出す

 

ふーん、それなら

これとか

f:id:faimil:20160902210832j:image

 これがキューポラ


f:id:faimil:20160902210905j:image

パチンコ屋の屋根にもキューポラ f:id:faimil:20160902210945j:image

鋳物工場を改装したのだろう 

 

荒川の土手にたどり着く

f:id:faimil:20160902211641j:image

 『キューポラのある街』は子役として成功を納めた吉永小百合さんが、若手女優としての変貌を遂げた記念碑的作品だ

そして浦山監督のデビュー作だった

浦山監督はその後、女優を育てる名手と言われたが、女優いびりも凄かった

撮影当時、小百合さんは盲腸の手術直後。まだ傷口が引きつっていた

監督はその小百合さんに土手での全力疾走を命じた。何度も何度も走らせた

でも小百合さんは泣き言ひとつ言わずに走りきった

そして小百合さんは「本物の女優」となった

その土手――

f:id:faimil:20160902233435j:image

ファイミルも走ってみた!

f:id:faimil:20160902233634j:image

因みにこれは、ヒロイン・純が通っていたという中学校

f:id:faimil:20160902234000j:image

きれいな学校だなあ……でも時代の面影はない

 

旧芝川、門樋橋から右岸を眺める
f:id:faimil:20160902234615j:image

見事に町工場が並んでいる
f:id:faimil:20160902234830j:image
 そしてキューポラ

f:id:faimil:20160903000140j:image


旧芝川はこってりと緑色に澱んでいた

それが鏡となって、川面に景色が映っていた

休憩時間なのだろう、作業服の男性が川面を眺めて煙草を吹かしている

f:id:faimil:20160902235612j:image

 

町工場の風景――

これは散歩の途中で見た看板

f:id:faimil:20160903000100j:image

ここは近代日本のふるさと――でも、私の原風景ではない

 

私は農村で育った

私の両親は米農家の出身である

母は出面(バイト)で田植え・稲刈りをやっていた。勤め人の父も休みの日には手伝だった

兄は小学校高学年で鎌の持ち方を教わった

 

ざっざっざっ……

稲を刈る音が軽快に響いていた

幼い私は畦道に座って、仕事が終わるのを待っていた

やがて陽は翳り、5時の音楽が鳴る――

(夕焼け小焼けで日が暮れて)

それが私が見た風景、私が聞いた音、私の嗅いだ匂い

 

この日の川口散歩

なんとなく馴染めない工場の街

それは逆に、自分が「田舎」の子であることを再認識させてくれた散策でした