空はどこから

地味に日記を書いていきます

緑の丘の赤い屋根 ~ 江剌の風景


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鹿踊りを待つ間、蕎麦でも食べようとグーグルマップを覗いたら『とんがり帽子の歌碑』という文字が目に入った。これって「緑の丘の赤い屋根~♪」のこと? 岩手と関係あるの?

蔵の白壁通りを歩いて
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人首(ひとかベ)川を渡る
f:id:faimil:20170825074858j:image人首はアテルイの弟の名前らしい。この辺りは蝦夷(えみし)と大和朝延との激戦地なのだ。勝者・坂上田村麻呂の名は歴史の教科書にも載っているが、敗者・蝦夷の長 アテルイの名はほとんど知られていない。私は岩手に来て初めてその名を知った。それが敗者の歴史、地元に僅かな名残を残すのみーー

橋の向こうに見えてきた
f:id:faimil:20170824230545j:image緑に包まれた赤い屋根

そして『とんがり帽子』の歌碑f:id:faimil:20170824230755j:image

この建物、元は明治初期に献金と寄付金で5年がかりで建築された近代病院
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その後、資金難で病院は閉鎖、建物の用途は転々として、今は明治博物館となっている
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 劇作家 菊田ー夫は戦時中、この地に疎開し、川向こうの旅館からトンガリ帽子を眺め、ドラマの着想を得た 

入ってみた。『鐘の鳴る丘』の展示物
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二階へ
f:id:faimil:20170825081710j:imageさすが明治の木造建築、大径の通し柱がふんだんに。時代が付いて風合いも良い。木造建築は本来、千年の寿命も持ちうるのである

そして最上階、塔の中
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窓からの眺め
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菊田ー夫は川向こうからこの塔を眺めていた、だからこれは逆方向の視線

 

因みに、岩手にはもう一つ「え?そうなの?」と思わせるスポットがある

遠野から海に抜けて釜石、少し北上して石鎚町。カーナビにこんな文字が
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ひょっこりひょうたん島~♪
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正式名称は蓬莱島。防波堤で繋がれていて、それが遠目には島が進む軌跡のように見える
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近づくと、島は小さな岩礁で、先端に赤い灯台、後方に水神さま(?)のお宮があるーーー但しこれは震災前の写真である
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ひょうたん島のモデルには諸説あるが、私は断然ここを推す。何故ならここは
f:id:faimil:20170826114429j:image吉里吉里人』の里でもあるのだ。井上ひさしが何らかの感慨を持って蓬莱島を眺めていたことは間違いない 

 

以下は2013年のブログの再録です

*****

鐘の鳴る丘/チンピラ別働隊(2013-05-06 )
♪緑の丘の赤い屋根
 トンガリ帽子の時計台
 鐘が鳴りますキンコンカン♪
 …
♪鳴る鳴る鐘は父、母の
 元気でいろよと言う声よ
 口笛吹いて、おいらは元気♪
 …
♪お休みなさい空の星
 お休みなさい仲間たち
 鐘が鳴りますキンコンカン
 昨日にまさる今日よりも
 明日はもっと幸せに
 みんな仲良くお休みなさい♪ 

昭和22年から放送されたNHKラジオ番組『鐘の鳴る丘』の主題歌「とんがり帽子」

もちろん、私はまだ生まれていない。 

映画も3部、制作された。
高校生の頃、TVで観た。 

戦災孤児たちのために、安住の地を見つけようと奮闘する青年の物語。

親を失い、悲惨な境遇に喘ぐ浮浪児たちが
「いい子になるんだ!」
と頑張る姿が痛々しい。

でも、「いい子」って……何だ!?

私の時代では、いい子とは、
大人にとって「都合のいい子」。
教育と称して「規格品」の子供を作ろうとする時代だった。
全国の中学校でバカバカしいほど、ガンジガラメの校則が作られ、社会問題として取り上げられていた。

当時見たドキュメンタリー。
不良少年たちの母親が学校に呼び出される。
親たちは教師にペコペコと頭を下げる。
それを見て、不良少年たちは泣いて怒る。
「悪いのは俺たちで、親じゃない!親を謝らせるな!」
親子の情愛がしっかり残っている時代だった。
『鐘の鳴る丘』の子どもたちにとって、「いい子」とは、かっぱらいなどの犯罪を犯さない子。

戦後のドサクサ。社会に余裕のない時代。
保護者のいない戦災孤児は日陰の存在。
犯罪に手を染めないで生きていくこと自体、困難な時代だった。
《余談だが、映画のラストシーン。
クリスマスに子どもたちが和解する。
「クリスマスおめでとうございます」と言ってお互いに頭を下げていた。
まだ「メリークリスマス」が日本に定着していなかったんだね。》


さて、このラジオ番組を熱心に聴いていた青年がいた。
この主人公に続こうと、子どもたちと夢の実現に奮闘する。

この青年は、ラジオの内容が実話だと信じ込んでいた。

主人公に教えを乞おうとNHKを訪ね、フィクションであることを知って落胆する。

だがドラマの作者、菊田一夫に励まされ、ついに夢を叶え、群馬県に施設を立てた。
虚構が現実をリードしたのである。
ドキュメンタリーで、その施設が映し出された。
食堂に並んだ子どもたちが、みんなで「鐘の鳴る丘」の主題歌を歌っていた。

これはいただけない、と思った。
この歌は、自ら口ずさむべき歌であって、歌わされるべきではない。


▷▷▷▷▷

戦後、子どもたちの夢を掻き立てた小説、『少年探偵団シリーズ』

ある人がエッセイに書いていた──

少年探偵団に憧れ、自分も入団したいと夢見ていた。
だが、「チンピラ別働隊」の存在を知って愕然とした。

少年探偵団は良家の子弟の集まり。
夜の活動や危険な仕事は、浮浪児(戦災孤児)を組織した「チンピラ別働隊」が請け負う。

自分のような親のない子は少年探偵団には入れてもらえないのだ──


実際、少年探偵団(富裕層の子)は訓練と称して肝試し大会なんかをやっている。

浮浪児たちは小林少年から「君たちもマジメに生きなきゃダメだ」などと説教されて別働隊になる。

学生の頃、チンピラ別働隊が颯爽と活躍するシーンがないかと数冊読んでみたが、やはり日陰者的な扱いであった。

 

この時代、そんな小説…不遇な少年たちが差別される話…が違和感なく受け入れられていた。

何という、弱者に対して同情心のない世相だったのか。

 

今の日本なら、こんな差別は当然非難される。

しかし、今度は世の中が複雑に成り過ぎた。
正義のあり方を取り違えて、逆差別や悪平等が起きたりしている。

だが、社会が差別に対して敏感になり、話し合う環境さえあれば、世の中が良くなる可能性は充分にあるはずだ………

*****


旅先では「え?あれがここに!?」という「見つけもの」をすることがある。そんな時は記憶の引き出しがコツンと開く。今回はそんな話でした

 

私家版『鹿踊りのはじまり』~ 岩手・江剌にて

 
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鹿踊り(ししおどり)の存在を初めて知ったのは宮沢賢治の童話『鹿踊りのはじまり』である

約10年前、私はイーハトーヴ(岩手)に住んでいた。ほんの一年ほどだった。その間、「下ノ畑ニ居リマス 賢治」の黒板の字で知られている羅須地人協会を訪ね、賢治が名付けた「イギリス海岸」に行き、賢治の長編詩の如く駅から『小岩井農場』までを歩いた

そして、「鹿踊り」を観た

初めて鹿踊りを観たのは賢治の花巻ではなく、少し南へ下った江剌(合併して奥州市)、「百鹿大群舞」であった

5月とはいえ、暑い日だった。フル装備で20キロもあろうかという装束で跳ね回り、太鼓を打ちならす

f:id:faimil:20170821184054j:image休憩タイムで水分を補給する。演じているのはさぞかし壮健な男衆ばかりであろうと思っていたら、覆いを捲って顕れた顔の中に、まだ幼さが残る少女がいた。ぐっしょりと滴る汗が真珠のようにきらめき、ぜいぜいと口を開けて喘いでいた

私と妻はこの娘に近づき、写真を撮らせてくださいと頼んだ。それが当時中学生のMちゃんだった。その時、もう一人少女がいたのだが、私がMちゃんにカメラを向けるとすうと脇に逃げてしまった

妻はこの写真を元に、当時熱心に習っていた日本画を描いた
f:id:faimil:20170821185404j:imageもっと取材してしっかり描きたい、と言っていたが、この娘の所属する団体名も分からない

ダメモトで行ってみた演舞のイベント。緑豊かな丘の上の公園だった。地名はもう覚えていない
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公園の端に、他の団体の演舞を熱心に見守る、まだ装束を纏う前の軽装の一団がいた。その中にあの娘を見つけた

演舞後、今度こそ、と近づいて団体名も確認した。写真撮らせて、と言うとまた隣りの娘が離れかけたので「違う違う、君も一緒に!」と二人並んだ写真を撮った。これがMちゃんと同い年のAちゃんだった

団体の世話役にも挨拶し、これから通うんだ、いっぱいスケッチして群像も描きたい。と言っている矢先、転勤で首都圏に移った

どうしても鹿踊りを観たい!と、千葉から日帰りで出かけたのは、江剌の ささら会館での演舞会だった。世話役の菊池さんが歓迎してくれて、観客席に並んで座り、解説付きで演舞を鑑賞した
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因みに、この地方では菊池さんという姓があきれる程多い。元を辿ると南北朝時代に熊本の菊池一族が移住してきたものらしい

演舞の後、控え室までお邪魔した。そこでMちゃんに件の絵を見せた。両親にも見せたいと言うので預けて、結局そのままになった。妻としても当人にもらってもらえるならそれで良いと思っている

次こそ上手な絵を描きたい。妻は一人で江剌を訪問した。お姉さん格のCさんともその時親しく話をしたらしい

でも、さすがに千葉と岩手は遠い。とても通うことは出来ずにそのままとなった

 

そして

今年の夏期休暇、酷暑から逃げようと北への旅行を考えた。当然のように岩手だった

8月16日、目指すは江剌の夏のイベント、夜の「百鹿大群舞」
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およそ600キロの縦走。途中、白河が事故で通行止め、ナビに従って高速を降りたら那須塩原まで誘導され、うろうろしている内に解除となってまた高速に戻る、というボケをかまして、それでも江剌に着いたのは3時頃。商店街巡演は5時からだから充分余裕がある
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お目当ての団体はどこだと探していたら向こうから声を掛けられた。妻は代表さんに事前に連絡していた。この日、Mちゃんがいないのは分かっていた。でもAちゃんはいる。面影はそのままに、今は物怖じしない愛嬌者の女性に成長していた。「大きくなったねえ~」「もう23ですから」 


時間があったので付近を散策した。商店街、パレードのルートで男の子が太鼓を叩いている。門前の小僧なんとやらで、バチ捌きが見事
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「ぼく~、写真を撮らせて~」と言ったら恥ずかしがって逃げた
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転んだ
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「痛いよ~」と泣き出したが、それほどの転びかたはしていない。バツが悪くて誤魔化し泣きをしたのだろう。「ほれほれ、どうした?」お祖父さんが抱き起こすと、また元気に太鼓を叩きだした

 

そして巡演が始まる。鹿踊り勢揃い、壮観な眺め
f:id:faimil:20170822220723j:imageえっへんと仁王立ちの女の子。その視線の先にこの子のお母さんがいる

各団体が分かれて商店街の民家に向かう
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今年親族が亡くなった家、あるいは○回忌を迎える家の前で、踊りを奉納する。家族が畏まる前に厨子に入った位牌が祀られている 
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 舞が始まる
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死者へ向けて、生前愛した家族へ向けて。これは烈しく荘厳な「仏事」なのである
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スマホで動画を撮ろうとして気がついた


江剌の鹿踊り2017.8.16 - YouTube

鹿踊りの後ろで、女の子が巧みなステップを踏んでいる。左端、この子の目の前にいるのがお母さんである。いつも練習についていって、自然と身に付いたのだろう

大好きなお母さんがカッコいいから真似てみる。身体で覚える。そうして伝統は引き継がれていく

 

巡演の後、百鹿大群舞までの間、ここ江刺では盂蘭盆会のイベントが続く

燈籠流し
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花火が上がる
f:id:faimil:20170823073905j:image盆踊りの囃子も聞こえてくる

そして7時半を回る頃、鹿踊りは静かに移動を始める
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暗闇に浮かぶ異形のモノの群れ。私たちも息をひそめて後を追う

1 2団体揃っての、百鹿大群舞、メインストリートに百の太鼓がこだまする。圧倒的なボリューム感
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無言で舞う異形の者。こだまする太鼓の音と共に、何かが降りてくる。トランスする。これが日本古来の仏事であり、神事である

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写真タイム、(人間に戻った)鹿の踊り手に観客が近寄り、思い思いに記念写真を撮る
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Aちゃんはどこだ?と探す私たちの目の前で、女の子が鹿の顔を覗き込み「あ、お姉ちゃんだ!」と声を上げた。その子とハイタッチをして顔の布を捲り上げたのが……Aちゃんだった
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妻はAちゃんと並んでパチリ。私が「これぞ鹿踊り!というポーズをとって」とリクエストしたら「え~?鹿踊りって『動き』だから…」
f:id:faimil:20170817141238j:imageパチリ、これがAちゃんの鹿踊りポーズ

 演舞後、装束を脱ぎ、汗だくの姿の踊り手と世話役の皆さんに「ありがとうございました!また来ます!」と声を掛けて宿に向かったーーー

また来ます、いつ来れるかな?でもまた来ます

 

これが私の岩手、私の『鹿踊りのはじまり』の物語

そして『鹿踊りは終わらない』の物語である

 

★★★★★

 

附記

休み明け、岩手の造林作業班の班長の訃報が届いた。病院嫌いで気がついたら肺ガン末期だったらしい。私が岩手で鹿の鎮魂の舞を見ていた頃、この人は集中治療室でいまわの際にあったことになる。周りの人に常に優しく、ー人で苦労を背負いこんでも損をしても、柔和な笑顔を絶やさない人だった。この人ゆえに私は岩手(イーハトーヴ)が益々好きになった……

ここに深く冥福を祈るものである

こわらべ恋ダンス ~ 8月の花童

8月4日、湧々座定期公演の2回目

まずはサムネイル代わり
f:id:faimil:20170807184947j:image河童のきみちゃん

午前と午後2回公演なので、1回目はカメラなしで舞台を観賞するつもりだったけど、この2人の河童があまりに可愛くてーーー  後は撮りまくり
f:id:faimil:20170807185410j:image そういえば、美空ひばりさんの映画デビュー作は河童の子だったなあ、などと思い出したりする

 

この日の演目はこれ
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クライマックスは『北岡祇園夜曲』

ラストは湧々座の定番、観客の歌と手拍子で『くまもと音頭』
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それ以外の演目は全て2人1組の踊りーー私は今回のテーマ、「ライバル対決」と見た

まずは『友白髪祭りの賑わい』

現在のザ・わらベの2トップ、あかねさんと ゆりあさん
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二人で次々と大ネタにチャレンジし、成長振りが目覚ましい。この日も難しい演目、最初は賑やかに踊りつつ
f:id:faimil:20170810183755j:imageラストは老人(友白髪)となって演舞を終える

もう一つ、この演目の見所は、あかねさんの
f:id:faimil:20170810184133j:imageひょっとこ と
f:id:faimil:20170810184224j:imageおかめ

お面をつけると、その者が乗り移ったように身のこなし、身体の表情が変わる。達者になったなあ

 

『水の上』
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花童のレジェンド、くるみ(月若)さんと あやの(月桃)さん。この演目も安定した仕上がり。この二人、踊る姿が対照的だ。すらっと背筋を伸ばした くるみさんは一輪差しのように華やか、一方の あやのさんには踊りに柔らかな丸みがあり、ポケットに入れて持ち帰りたいような愛らしさがある
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この二人の演目で私が観たいのはYoutubeで観た『天神さん』。これは くるみさんが粋な女将さん、あやのさんが演じるのは、子狸である(笑)

 

『民謡七福神
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ガラスのハート、れいなちゃんには芸達者のみことさんを当ててきた
f:id:faimil:20170810190034j:imageれいなちゃん、いつもに増して表情がキリリと引き締まっている。年長のみことさんとがっぷり四つに組み合っている気迫を感じた

 

三部に移って『肥後の殿様』
f:id:faimil:20170810190426j:imageこわらべの2トップ、かなちゃんvsゆうあちゃん
f:id:faimil:20170810190602j:imageこの二人の踊りも対照的だ。ダイナミックな かなちゃんと所作のーつーつが日本舞踊の申し子のような ゆうあちゃん。来たるべき花童の黄金時代を予感させる二人だ。ちなみに私は演舞を観ているだけで、この娘たちの性格を知らない。ホンキで怒ったらどっちの方が怖いだろうな?と思ったりする

 

『伊勢音頭』
f:id:faimil:20170811090452j:imageみことさん再びの登場は あやかちゃんと。あやかちゃんをYoutubeで初めて観たのは、やはり みことさんと二人での『祇園小唄』だった。カチカチに緊張して、中腰の姿勢に耐えきれず膝がぶるぶると震えていた。いつも全力で踊るから身振りも大きい。この日の演目はアップテンポ、全力で跳びはね、腕を振る
f:id:faimil:20170811091233j:image全力だからこそ、この娘の技量は確実にアップしていくことだろう

『磯節河童』
f:id:faimil:20170811091453j:imageこわらべの純正アイドル・きみちゃんは同い歳の すずちゃんと。ずっと末っ子キャラだった きみちゃんも、今は5人目のこわらべ、すずちゃんとコンビになることが多い。更にその下には準こわらべが控えている。末っ子はお姉ちゃんになっていく。幼い故に可憐だった きみちゃんはやがてお姉さんとしての可憐さを身に付けていくのだろう
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ちなみに、午後の部では準こわらべちゃん達が最前列に座っていた。私はまだ玄宅寺公演に行けていないので、この娘たちの踊りを生で観たことがない。今のこの娘たちだからこそ、あの伝説の『江津湖音頭』を踊ってほしい!と願っている

 

さて、二部のトークコーナー。熊八さんをMCに年長さん4人のサイコロトーク

このサイコロをf:id:faimil:20170811093447j:image

放ってf:id:faimil:20170811093541j:image

出た目のお題でトークをする
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お題はこちら
f:id:faimil:20170811093853j:image午前の部、熊八さんが「今回は年長さん4人で」と言ったので、え!午後はこわらべが出るの?と思ったら、午後も無事に(?)年長さんだった

こんな難しいトーク、れいなちゃんや きみちゃんがやるとしたら……見ているこっちも喉から心臓が飛び出してしまう(笑)

実際、年長さんの最年少・ゆりあちゃん。緊張で目が泳いでいて、開口一番「ゆりあちゃんダイジョーブ?」と熊八さんにいじられていた
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 当たったお題は

月若さん →  今がんばっていること。しばし考えた後、「暑さに負けずがんばってます」とゆる~いスタート(笑)

あかねちゃん →  一億円もらったら。「貯金します」花童のさくらさん(と私が勝手に言っている)根っから生真面目

月桃さん →  一億円もらったら。「私も貯金します」という答えは熊八さんに許してもらえず「……お世話になってる人達にお礼します」

この娘たち、ホントにマジメ ーーー  そこがいいんだけど(笑)

ガチガチの ゆりあちゃん、よりによってお題は→  自由。客席から募った質問は「花誠先生ってどんな人?」―ーー  紅潮した頬でしばしの沈黙の後「厳しくて優しい人です……」

厳しくて優しい、は指導者や先輩を誉める時の定番の表現。でもゆりあちゃんは借り物じゃなく、自分の気持ちでこの言葉を導き出したね


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午後の部

月若さん →  自由。熊八さんが最前列の準こわらべちゃん達に質問を振る。三人額を集めて相談するもまとまらず、後ろからお母さんが「好きな食べ物は?」―ーー  月若さんきっぱりー言「きゅうりです!」ん? ここにも河童がおったぞ(笑)
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あかねちゃん →  ここがすごいぞ花童。「髪と化粧を自分でしていることです」

月桃さん →  一億円もらったら。「さあ、面白くなりましたよ」と熊八さん「貯金はダメですヨ」。そして月桃さん、しばらく困った後「花童の劇場を造りたいです。ファンの人がいつでも花童の踊りが観られるように。二階は稽古場にして、稽古する姿も観てほしい」ーーー  お見事です!追い込まれて最高の答えを産み出したね!

ゆりあちゃん →  あかねちゃんと同じ、ここがすごいぞ花童。答えは「踊りで人を笑顔にさせること」ーーー  ゆりあちゃん、トークのコツを掴んだかな(笑)

 

さて、このトーク中、熊八さん「花童の踊りは多彩ですよね。ピンクレディもあったし、恋も踊れるんですってね」

え? そうなの!?

もし花童の恋ダンスがあるのなら、それは是非とも観てみたい! 戦後すっかりアメリカナイズされてしまった日本人の踊りーーー  日本舞踊の美しさを魅せつけるような恋ダンスが観たい!

昔、ひばり・ちえみ・いずみ三人娘が初めて共演した音楽映画『ジャンケン娘』ーーー  劇中、三者三様のバタくさいポップスが歌われる中、クライマックスは ひばりさんのしっかりと仕上げられた日本舞踊だった。これだよ、これが日本の音楽映画だよ!と私は快哉した

 

この日の演目、クライマックスは『北岡祇園夜曲』
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華やかな大群舞、誰を観ても美しい
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背中には各自の名前の入った団扇
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演舞中、数人が客席脇にこぼれ出た。私のすぐ傍で
f:id:faimil:20170811105403j:imageかなちゃん、れいなちゃんが踊っているf:id:faimil:20170811105625j:image

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突然目の前に現れたこの光景、かなちゃん・れいなちゃんが私のために踊っている!(と勝手に思った)
f:id:faimil:20170811110512j:image手を繋いで踊るこの姿

f:id:faimil:20170811110349j:imageこれぞ私の『恋ダンス』 

たぬきの宝箱 ~ 湧々座の花童

日記代わり、と言っていながら私のブログは三月で途絶えていた。是非とも書かなくては!と思える程のネタがなかった。気力が湧かない

その気力を掻き立てたのは………やっぱり花童だったね(笑)

とりあえず、サムネイル代わりにf:id:faimil:20170715201147j:image凛々しいきみちゃん

 スマホのカレンダーに花童の公演を書き込む時、いつも絵文字を付けている。ヒヨコが手を振っているのが目印だ  f:id:faimil:20170717132408j:image

 仙台公演を観に行って以来、ヒヨコが途絶えていた。公演スケジュールが分からず、訪熊の予定が立てられなかった

二月、湧々座で熊八さんに挨拶した時「来年度は公演時間を長くして、しっかりしたものをお見せしますよ」と聞いていた。湧々座は云わば私のホームグラウンド。定期公演だから旅程を組み立て易いのである

そして…4月、5月…いつ花童を観に行けるんだ!?と思っていたら、この情報!
f:id:faimil:20170717132614j:imageこの画像はさっそく私のスマホの待ち受け画面となり、カレンダーには来年3月までヒヨコが並んだ

 さて、前置きが長くなった

 7月、湧々座の花童公演。演目はこちら
f:id:faimil:20170715200807j:imageお久しぶりです熊八さん


『七タ抒情』は仙台で初めて観たf:id:faimil:20170717160958j:image七人の星娘が淡い衣を纏って舞い踊る。清浄感溢れる演目だ。この対極で赤い衣で激しく踊るのが『阿蘇悠久』だな、と思う

年長さん3人がステージに残って『藍の海』
f:id:faimil:20170717161043j:imageこちらは哀感漂う海の精

途中、熊本城の謎を明かすバーチャル3D動画が入って(何しろ湧々座は『学びの施設』なので)……怒涛の第二部へ

第二部は最初からメンバーが登場。毛氈の上で見守る中、次々と演目が披露される
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『七タ~青柳』これぞ「ザ・わらべ』という大人びたー曲を文乃さんと明音さんで 

私のお気に入りシーンはここ
f:id:faimil:20170717162820j:image日本舞踊の持つ緊張感の内、時にハッとさせられるのは指先の美しさ。この文乃さんの嫋やかに張り詰めた指ーー午後の部ではこの指差しを撮りたくて連写した
f:id:faimil:20170717163756j:imageお化粧直しの文乃さんとキセルを扱う明音さん。中学生・小学生の頃から観てきた(YouTubeでだけど)この二人、何とまあ艶っぽくなったことか

それを見詰める妺童たち
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f:id:faimil:20170717164955j:image湧々座のステージは何故か下手側の照明が暗い。でもそのせいか、下手端に座るれいなちゃんの瞳が一際星を湛えてキラキラしていたのが印象的だった

潮来出島』を披露するのは みことちゃんと あやかちゃん
f:id:faimil:20170717170415j:imageあやかちゃん、初見の頃に比べると固さが取れて所作が滑らかになっている、目顔立ちがキッパリした花童きっての美少年(?)である

初見の頃から完成度の高かったみことちゃんは、おそらく既に踊りの経験者だったのだろう。もう少し早く生まれていれば、かつての嘉恵さん、希海さんのように第三の「ザ・わらべ」になっていたんじゃないかと思う

そして河童が登場!
f:id:faimil:20170717171833j:imageゆりあちゃんの当り役『磯節河童』ーーこの娘の踊りはエネルギーの塊り!コミカルな曲、賑やかな曲が良く似合う。一度生でみたいなあと思っているのが『火の国旅情』ーー 「阿蘇は火の山~空の果て~♪」大きな声で歌いながらご機嫌で踊る、私のお気に入りのー曲である

 

お次は「こわらべ」。待ってましたの『おいでまっせ』ーー幼な過ぎず大人過ぎず、今のこわらべにぴったりの演目。今回は華やかに振袖姿で舞う
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何が好きって、この曲には
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f:id:faimil:20170717174823j:imageぽんほこ狸と
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f:id:faimil:20170717175205j:imageカニさんポーズが登場する!

そしてダイナミックな『阿波のうずしお
f:id:faimil:20170717181129j:image文乃ちゃん、姿勢が低い!
トリのー曲は湧々座の定番『くまもと音頭』。事前に「皆さん一緒に歌いましょう」と熊八さんのミニ講習が入る。予習して行ったので無事、三番まで歌えました(笑)
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午前、午後、計2時間。3か月半ぶりの花童、たっぷり楽しめました。そしてこの娘たちは、ちょっぴりおとなになっていました

 

 公演後、空港行のバスに飛び乗って、スマホに撮りためた写真を眺めて思ったこと……

実は先月、スマホを買い換えた。今度は連写機能付きだ。元々カメラオタクではない私は、花童を撮るためにカメラ機能を優先してスマホを選んだ

首を三角に傾げる花童お得意の振り付けも連写で撮れた

 眺めながら、ふと思った

板状の、ポケットに納まるような薄っぺらなスマホ……でもここに、花童の写真と記憶がたっぷりと詰め込まれている

これって……私にとっての「宝箱」だなあ

 

おまけ

前日、夜遅くホテルに入った。翌朝、11時の公演までどうしようか……で思い付いたのが「くまもと音頭巡り」

その3番
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♪楠の香かおる名城の長塀下りゃ洗馬橋

新町~唐人~鍛冶屋町~♪

駅前のホテルから辿ってみた

新町
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 唐人
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鍛冶屋町~♪
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途中、タンタン湧く泉
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「蛇口捻ればミネラルウォーター」と書いてある
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そして船馬橋。欄干を見上げるとーー

ポンポコ狸と
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f:id:faimil:20170717150338j:imageカニさんがおったよ(笑)

星の娘たち~仙台の花童

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岩手県にいた頃、一番遠い現場は栃木県の山間部だった。片道460キロ、東北自動車道を延々と南下する。遠かった。走っていて飽きた。音楽だけでは間が持たなくて落語のCDを積んでいた。同じ演目の同じくだりで何度もア八八と笑った

仙台市に初めて車で乗り入れた時、その道路の複雑さに戸惑った。私は北海道・屯田兵が開拓した町で育っているから、川や岡などの地形の制約がない限り、道路は真っ直ぐ、碁盤の目。仙台は城下町、中心街こそ整備されているが、ちょっと郊外に行くとカーブだらけ。交差点はカーブとカーブが交わっている。なる程、これが城下町――敵の襲来から守る町作り――なのか、と思った

熊本市に初めて車で入った時、直感的に「仙台と似てる」と思った。そこにはきっと(私が住んだことのない)「城下町」の雰囲気があるのだろう

 

その仙台に熊本から花童が来る!

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花童ファンクラブ関東支部――自称(笑)――として、これが行かずにいらりょうか! 3月29日、水曜日。年度末の平日はいささかキツかったけれど、とにかく2ヶ月前から予定を入れた

とはいえ、千葉県と仙台はなかなかに遠い。最初は新幹線も考えたが、勝手知ったる東北道、妻と二人、ドライブと思えば退屈もしないだろうと車で行くことにした。行きは音楽を聴きながら――花童の十八番でもある『芸者ワルツ』に『祇園小唄』(私は はん子姐さんと二三吉姐さんのファン)――『くまもと音頭』や『火の国旅情』など、熊本の曲も流したいところだけど、これはまだ音源持ってない

途中、福島のSAで一服

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あたたら山、頂上は霞んで見えず
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あれが安達太良山 あの光るのが阿武隈川……

そういえば、岩手県高村光太郎の住居跡を訪ねたことがあった。郊外にポツンと残されたアトリエのある木造住宅は、鉄骨ですっぽりと覆われていた。情緒というよりも、何としてもこれ(光太郎の暮らした痕跡)を遺すぞ!という執念を感じた

 

さて花童――『東日本大震災七回忌追善公演・ふるさとの春まつり』

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(記憶を確認する写真がなく、うろ覚えの記載です)

一曲目の『平泉讃歌』など七つの演目中、四曲が おのりく氏の作詞。九州出身、東北の復興支援に尽力し、わずか38才で急逝した――二つの震災を繋ぐキーパーソンであるらしい。会場にはご両親が駆けつけ、MCの紹介を受けて観客席で立ち上がり、四方に丁寧に頭を下げておられた

花童の年長さん3人は最初は袴の壮士、次には打掛の煌びやかなお姫様衣装で舞い、凛々しさと華やかさをステージいっぱいに表現した

ステージ中央には円形の台が設置され、後方にはひな壇が組まれている。それらを立体的に利用して奥行きのある舞踊が展開する

こわらベ四人の『おてもやん』は円形の台にかなちゃん、両サイドにゆうあちゃん・れいなちゃん、そして後ろのひな壇できみかちゃんが踊る。遠近法も手伝って、きみちゃんは増々華奢で、遠くの星・小さな妖精を見るようだった

六曲目の『七タ抒情』では退場際、照明が落ちると、灯籠と衣装から小さな星がキラキラと瞬いた

リストに『田原坂』があるのをみて、YouTubeにあった ゆる~い殺陣が観られるかな?と思っていたら、この曲で花童は登場せず、そして次の曲も――結局三つの演目が花童抜きだった

う~ん、ここまで出かけてきて、四曲だけではチトつらい。後はエンディング待ちだなあ

 

で、2部のミュージカル『オルゴーランド』

これは一言でいうと(こんな括りかたで良いかどうかは分からないけれど)テーマは『銀河鉄道の夜』――亡くなった愛しい者と旅をするメルヘン――である

劇中、様々な異形の者が登場する。その終盤、アンパンマム――人々の悲しみを吸い取っては眠りにつく、癒やしの母性――が現れる

そして、花童が白装束で静々と登場する

f:id:faimil:20170330173355j:image円形のステージに 立つアンパンマムと、それを取り囲む七人の白い妖精

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その練習風景

(写真はいずれも制作スタッフ・濱中文夫さんのFBからお借りしました)

『星娘』という言葉が頭に浮かんだ

ここは仙台……七夕―星祭り―亡くしたものへの追慕

演出者の意図は分からないが、今回の花童のコンセプトは星娘だったんだな、と勝手に思う。そして私もまた、そんな花童を観るために、360キロの道のりを駆けてきた

 

さて、話は第一部に戻って――年長さん3人とMCとのトーク。並んだ背の高さが あやのちゃん→ゆりあちゃん→あかねちゃんで斜めに一直線。いつの間にか、あやのちゃんの背丈が一番小さくなっている。あやのちゃん、生で観るのは初めて。その存在感、艶のある踊りが印象深かったので、意外と小柄だなあ、と思った。いや、あかねちゃん・ゆりあちゃんが伸びたんだ、背丈も伎倆も

 トークの中で、花童はみんなで折った千羽鶴を持参してきた、という話題となった

その千羽鶴を抱きかかえて舞台袖から きみちゃんが登場する――会場中から「ほう~」という感歎の声が洩れた

宙を進むような揺れのない歩み方。白い衣装に色とりどりの折鶴を纏うように巻き付けている――その姿は天女が使わした童子のよう――小さな女の子は愛らしいに決まっている、でもその娘が日本舞踊の所作で淑やかな仕草を見せたなら――それはもうただの愛らしさを超えた、何か別のもの。これが日本舞踊の底力、鍛練のたまものなのか……

千羽鶴はその後、ロビーの募金箱の脇に飾られた。身近に見ると、思いのほか小さくて驚いた
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帰り道は音楽をかけず、余韻に浸りながら。花童の踊り、もっとたくさん観たかった、とは思う。でも、仙台で観た花童=星娘。結果として、満足だったな……とも思う

柴又のさくらさん

柴又は私の好きな東京である

昨年の盆踊りでは、いにしえの「東京市」の面影を求めて、帝釈天での盆踊りに「通った」w

京成線・柴又駅前には、柴又から「旅立つ寅さん」像がある。18年前から「ー人で」立っていた。そして昨日(25日)、寅さんファンの念願が叶って、「見送るさくら」像が誕生した!
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もちろん、ここは何度も訪れている。これは昨年9月の『柴又宵まつり』

f:id:faimil:20170325072017j:image寅さんの目の前にチンドン屋さんが現れた

寅さん像に群がる子供たち
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すっかり懐いてる(笑)f:id:faimil:20170325072002j:image

さて、除幕式当日。やっぱり田舎者気質の私達、東京の人混みを甘く見ていた。20分前に駅に着いたらこの状態 f:id:faimil:20170325181219j:imageなんも見えん(汗)

かろうじて、桜色のベールを掛けたさくら像の頭が見える

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そしてさくら=倍賞千恵子さん

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山田洋次監督が微かに見えた
f:id:faimil:20170325180641j:image(この写真、妻からもらった。ハートマークは妻が自分のSNS用に加工していた)

「見えないけど、音が聴けるだけでも」――かつてスタンディングのライブ会場で、隣に立っていた女性の言葉を思い出した

寅さんファンに混ざって、みんなで監督とさくらさんの挨拶を聞く……そう思うと、やっぱり満足感が湧く――集まった人々の『男はつらいよ』への想いの軽重は様々としても

さくら像のポーズをどうするか? そのイメージを決めるために山田監督はそのシーンのシナリオを書いた

倍賞さんは、その初々しい姿を「これは妹さくらね」と評してから、製作中に工房を訪ねて像にサインをした、というエピソードを明かした

f:id:faimil:20170325180939j:imageサンダルに『さくら』――「これは倍賞千恵子ではなく、諏訪さくらが書きました」

式典の後、囲み取材。観客が抜けていくなか、やっと前に進めた

「なんでい、さくらばっかりモテやがって」f:id:faimil:20170325180703j:image寅さんの僻んだセリフが聞こえそう(笑)

一旦抜けて昼食を取り、2時過ぎに出直した

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これを確認したかった。さくらの視線の先の寅さん
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寅さんの視線の先のさくら
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そこにどんな感慨を抱くのか……ファンの想いは千人千様

 

以下は2015年3月に書いたブログ――これが私にとっての『寅とさくら』です

🌸🌸🌸🌸🌸

泣いているんだ兄さんは ~ 寅とさくらの物語

男はつらいよ」の原案は「愚兄賢妹」――
山田洋次監督が語っていた。

これは私が好きなユーモア小説家、佐々木邦の代表作「賢兄愚弟」のリスペクトである。
つまり「男はつらいよ」は賢妹がいて成立する。愛する妹を悲しませるから、兄(男)はつらいのである。


どうせ俺らはヤクザな兄貴
分かっちゃいるんだ妹よ
意地は張っても心の中じゃ
泣いているんだ兄さんは……


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私には女きょうだいがいない。
つまり、若い娘さんと生活を共にしたことがない。
もちろん、心配してくれる娘さんもいなかった。

だから、さくらは理想像である。
こんな妹を困らせて
「お兄ちゃん!」と叱られてみたかった。

寅さんシリーズは、三作目と四作目のみ、山田監督がメガホンを取っていない。
そしてこの二作品では、さくらがほとんど登場しない。
威勢の良いオアニイサン、フーテンの寅は賑かに活躍するが、私には物足りなかった。

このシリーズの裏コンセプトは「妹はつらいよ」
これは寅さん映画であると同時に、さくらの映画なのである。

寅さんは誰かに手紙を書くとき、さくらのことをいつも「愚かなる妹」と書く。
ある時、寅さんは さくらの前でそれを読みあげる。文面には愚妹、愚妹と連呼されている。
さくらはそれを聞いても「いやあねえ」とひと言――怒りも笑いもしない。
度量が桁違いに大きいのだ。

何十作目の時だったろう
山田監督がインタビューに答えていた。多分、何作目まで作るのか、というような質問だったと思う
「……さくらもすっかりオバサンになっちゃって」
会話の脈絡もなく、監督が言った。しかもインタビュー中2回も。

理想の さくら を最も追い求めたのは、監督自身――さくらに会いたくて寅さんシリーズを作り続けた、そんな気さえする。

山田監督の初期の作品には「馬鹿が戦車でやって来る」とか「なつかしい風来坊」とか、云わば寅さん系のキャラが活躍する喜劇が多い。
しかし、そこには「マドンナ」はいても「さくら」がいない。
山田喜劇は 
さくら=心で泣いてくれる賢い妹 
 によって完成するのだ
――あくまで個人的な見解ですよ

今、BS-ジャパンで週一回、土曜は寅さん!と銘打って「男はつらいよシリーズ」を放送している
私の印象深かった名セリフは何話目だろうと観ていたら、第8話だった。

とらやの2階、寅さんが鞄に着替えを詰めている。
さくらが上がってきて、寅の脇に悄然と座る
「行っちゃうの?」
「さくら、あんちゃんみたいに、ふらりと旅に出たいと思ったことがあるか?」
「あるわよ……そしてこんな木枯らしが吹く夜に、ああ、今頃さくらはどうしているかな、寒い思いをしていないかな、って……心配させてあげたいわよ」

凛々しく清潔感に溢れ、情は深いが媚びるところがない。
聖女と言ってしまうとそれまでだけど……
文学的(?)に捻って考えてみる。

こんな立派な妹がいたら、愚かな兄はヤンチャして、ダダを捏ねるしか、やりようが無くなってしまう。
立派になるんだ――自慢の兄さんになるんだ――と夢を描いても、生来の怠け者、挫折を繰り返す。
愚兄には、妹を困らせることしか愛情を伝える手段がないのである。
心で泣いて詫びることしか出来ないのである。
つまり、さくらとは男の理想像でありながら――賢く清潔過ぎるがゆえに――
実は男を挫けさせる、希代の悪女なのかも知れない。

と、一応の結論が出たところで――
自分の身に置き換えて、つらつら思う……
愚妻で良かったw

 

🌸🌸🌸🌸🌸🌸

 

おまけ――

さくらの魅力は理知的なおでこ。真面目で清潔感溢れるキャラクター

話は飛ぶけれど……

花童を知った頃、まだメンバーの名前が分からなかったので勝手に綽名で呼んでいた

この娘(あかねちゃん)を見たとき思った
f:id:faimil:20170326102740j:imageあ、さくらちゃんがいる!(笑)

銀の滴、金の滴 ~ こわらべ旅情

次に花童の舞台を観るのは3月末の仙台である。それまではYouTubeを観ながらわずかな記憶を辿るしかないのである

『長崎旅情』――これは2月の初午をどりで初めて観た

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かなちゃん・れいなちゃんが大きな銀の玉がついた杖を持って登場する。首まわりで白い襟がひらひらしている

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これ、オランダ風の飾りなのかな。長崎だもんな――長崎、出島、オランダ、カピタン、かすていら――行ったことない。私が長崎に持っているイメージってそんなもの

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あの玉はなんだろう?

龍の玉じゃないの?ほら、龍の舞いで先頭に玉を掲げるでしょ、と妻。こちらも北海道育ち。カピタンの襟(西洋)と龍の玉(東洋)――うーん異国情緒だねえ、と何も分かっていない

 

さて、かなちゃんと

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れいなちゃん

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YouTube動画では2012年から登場する。さすがに幼かった。幼いゆえに良く似ていて、最初は見分けがつかなかった

「双子じゃないかな」と夫婦で話していた。

「じゃあ、金ちゃんと銀ちゃんだね」――当人たちに知れたら怒られそう

もちろん今ははっきり見分けがつく。ダイナミックに踊る「動」の かなちゃんと、柔らかな物腰の「静」の れいなちゃんである

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東日本大震災七回忌追善公演(3月29日)まであと10日あまり

仙台の舞台で何を演るかな?と考えたりする

『おてもやん』は熊本の看板曲、まずこれは演るだろうな。これに『あんたがたどこさ』も絡めるかも知れない。『五木の子守唄』はどうだろう――東北の人が間違いなく知っている「ザ・熊本」はこの辺だろう。

締めの曲は『三百六十五歩のマーチ』と予想する。熊本出身「水前寺」さんの名曲だ

清正公さんを称える曲も良いと思う。どちらも城下町、熊本にとっての清正公、仙台にとっての正宗公――城下町の人々の名君を誇る情緒には相通じるものがある。これが岩手となると、殿様よりも宮沢賢治、もう何かっていうと賢治と銀河(笑)

『くまもと音頭』の冒頭の歌詞「杜の都の名物の~♪」を聴いたとき、あれ?と思った。杜の都って仙台じゃなかったっけ?

杜とは、「森」に対しての「里の自然」のことらしい。自然豊かな城下町――熊本は確かに「杜の都」である

 

長崎旅情――今は玄沢寺での動画がアップされていて、繰り返し観ている

長崎の異国情緒、私には異国過ぎて曲の由来も何も分からない

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では、北海道らしい「異国情緒」って何だろう?

勝手に思うのは……

銀のしずく ふるふるまわりに

金のしずく ふるふるまわりに

この二人がもし、アイヌの装束を纏って踊ってくれたら、さぞかし可憐だろうな、ピリカ(美しい)だろうなあ

道産子の私は、そんなことを夢想したりするのである